FLATLINE http://www.muratch.com/flatline/ ja 2007-01-09T17:40:46+09:00 パクス・ニンテンドーナ http://www.muratch.com/flatline/archives/2007/01/post_121.html ゲーム世紀0036。
ソニー連邦が崩壊したこの時、パクス・ニンテンドーナ(Pax Nintendona)の時代が再び訪れようとしている。
これを歓迎するか否定するのか、それは難しいところではある。


という事で、これからは任天堂が提唱する「思想」がゲーム世界を支配する事になる。一部では金額的にという話にしかならないかもしれない。
最終的にゲーム業界は、任天堂の思想を追従する事によって利益をあげることが出来るわけだが、果たしてそれが彼らにとって幸せなことであるかは、微妙な事になるだろう。

パクス・アメリカーナの世界において、グローバリズムを信じて追従する人々がいるが如く、任天堂の思想に追従する人々が現れる。そしてグローバリズムの本質を完全に理解し、かつ運が良かった人々が成功するが如く、誰かが成功する。あくまで金額的にであるかもしれない、という意味であるのは、現状の世界と何も変わらない。

同じように、パクス・ニンテンドーナを信じなくても、生きてゆける道があるのも現実と変わらない。グローバル化を拒絶する事もまたひとつ正義ではあるのだ。ただ、本流でなくなるのは目にみえている。


私の場合、パクス・ニンテンドーナが提唱する思想については、かなり好感を持っている。もしこれに追従できるのであれば、したいところである。


しかしもっとも重要な部分は、任天堂の思想をいかにして理解するかである。
理解して追従する事と、単に追従する事は全く違う。DS向けのゲームを作ることと、単にDSのゲームを作ることは、全く違うのだ。
これはWiiについても言える。


実のところ、プレイステーション支配の世界には、今の任天堂が持つような思想と言うものは無かった。あったとすれば、マルチメディア思想であり、これは古い新しいに関わらず大間違いであった。少なくともマルチメディア思想は、家電及びその他業界で生き残ることが出来なかったのだ。唯一なんとか体裁を整えられたのがゲームへの応用であるというのがその真実である。
それを無理繰りPSPやプレイステーション3に乗せてみたところで、退廃した思想には誰もついてこなかったわけである。
もちろんマルチメディア思想の信者はいる。私も大間違いだったと言っているが、そこに楽しみがあることも否定しない。ただ、本流として流れるべき思想ではないのだ。

しかし、今の任天堂が掲げる思想は、家電及びその他の業界では生き残りの必須条件となっているものである。逆に言えば今までゲーム業界に存在していなかったことがおかしかったくらいの事柄だ。
そして任天堂は、この思想を掲げて戦うために、長い準備の時間を費やしてきた。ファミコン時代に任天堂が布いた帝制をひっくり返したソニーの如く。


この先、ゲーム業界での思想がどのように動いてゆくのかはわからない。しかしながらパクス・ニンテンドーナが市場を支配する事は、その他業界の一般化を見ていればゆるぎないものと考えている。果たしてこの先、ソニーやマイクロソフトが、これを越えてゆくだけの思想を展開できるかどうか、つまりはさらなる次世代には何をするべきなのかを、考えてゆくことが出来るのであろうか?

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ゲーム 弥十郎 2007-01-09T17:40:46+09:00
いじめへの復讐 http://www.muratch.com/flatline/archives/2006/12/post_120.html
私はすべきだと思う。それが憎しみの連鎖になろうとも。

憎しみの連鎖を生むがため、復讐は辞めるべきであると主張するのであれば、その旨をもって私の目の前に来て欲しい。
殴り飛ばして蹴り飛ばして、ボコボコにして差し上げる。
もちろん、法による報復さえも否定していただきたい。

その痛みと屈辱に耐えて見せることがあってこそ、いじめられた子供たちに復讐はやめるべきであると諭すことが出来るだろう。
「自分は嫌だが、お前はやれ」という強者の論を持って弱者を説くのは、いじめる側の理屈と程度が違わない。


法による統治が行き届かない土地に対して、法による統治を前提とした理屈をつきつけるのはおかしい。


いじめられし子供たちよ。剣を取り、槌を持ち、戦うべし。

大丈夫だ。彼らがそうであるように、少年法が君達を守ってくれる。
何の罪も無い娘を、拉致し、監禁し、強姦したあげく殺害しても、この国では普通に生きてゆける。
虐げられた君達が、武器を持って蜂起したところで、それ以上重い罪を背負わせられるなんて事はないのだ。

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雑記 弥十郎 2006-12-06T13:42:34+09:00
FF3がどんなもんうれるんじゃろか? http://www.muratch.com/flatline/archives/2006/08/post_119.html さー。初動が問題だ。

読みとしては25万。30万越えれば大健闘。

トータルで100万超えるなら、
賢くないゲーム会社でもDS世界で生き残れるだろう。

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ゲーム 弥十郎 2006-08-22T22:05:23+09:00
バーティカルマーケティングという予言 http://www.muratch.com/flatline/archives/2006/08/post_118.html 近日、ゲーム周りのプロモーションの話がずいぶんと気になってマーケティングの本を読んでみるに至った。

自分が大変に不便用であると同時に、役に立たないと思っていた経済学が役に立つ事がわかった。
すげえじゃん、経済学。

読んだのは「コトラーのマーケティング思考法」という本で、コンサルを目指す友人から薦められたものだ。
ガッツリではなくザックリとした内容で、後半部分には「その理屈はおかしい」とツッコミが入る内容ではあるものの、マーケティング手法であるバーティカルマーケティングとラテラルマーケティングについて、門外漢として学ぶには良い内容だと思った。


で、結局のところ、DSが出てくるまでのゲーム市場はおよそ熟成市場であってバーティカルマーケティングの極みだったんだよね、という話になる。そういう状態においては、どうだこうだ書いてあるわけだけれども、およそPSPが行ってきた失敗というのは、バーティカルマーケティングの部分において説明されている。

つまりどういう事かというと、このバーティカルマーケティングの理屈を理解していれば、ロコロコの様なプロモーションが行われるはずが無いのだ。そしてその事実に気がつくと、いかにSCEがバカで、広告業界が賢いのかが見えてくる。


本の内容を逐次説明して行くのがこめんどくさく思うところが圧倒的にダメなのだが。

まあバーティカルマーケティングを使用して市場に出た場合、市場を細分化してゆくことになる。それをセグメンテーション化、さらに細かいのをニッチ化というわけだが、そうやって細切れになっていった市場においては、すでに大ヒットなんてものは生まれず、堅実な成果と小さな成長を望む事になるわけだ。そこには物量による広告とか、サッパリ通用しないわけだ。


で、問題は広告業界がこのコトラーの理論を知らないはずも無い。もしも今回のロコロコにおいて、成功を目指してこのプロモーションを打ったという事は、コトラーの言うバーティカルマーケティングを否定するという事になる。もしかすると、DSと同列のよりラテラルに近いマーケティングを見ているのかもしれないが、どこからどう考えてみても、ああしたビックリ大量プロモーションが通用するなんていう理論を引っぱってこれるとは、思えない。まあ素人考えなのだけれどもさ。


まあ、何が言いたいかというと、広告業界は、自らの利益のみを狙った確信犯だったんじゃないか?という事だ。
そして7億円という数字が正しいのなら、顧客を本気で生かすつもりが無いのかもしれない、とすら思う。
だってよ、7億だぞ。その半分を使えば、普通にPS2のソフトが1本作れるだけの予算だろう。ものすごい金額である。
広告業界が「ゲーム業界を延命させてチュルチュルと利益を得る」よりも「いつ死ぬかわからないので、お金があるうちにブッコ抜く」という選択をしたように見えるわけだ。

その一方で、SCEの首脳部は、私程度の素人ですら調べようとするレベルのマーケティング理論を理解しておらず、コロリと騙されているという感じがしてならない。

現状の予測においては「SCEはあんなプロモーションを打って何を考えているのだろう?」という感じでは見ていない。「SCEはあんなプロモーションを打つ事になるなんて、何を勉強しているのだろう?」という感じで見えていると言うわけだ。

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ゲーム 弥十郎 2006-08-18T16:17:08+09:00
ローグギャラクシー終了 http://www.muratch.com/flatline/archives/2006/08/post_117.html まず最初に言えることは、至極つまらないゲームだった、という事だ。
なんというか、ゲームとしても物語としても成立していない。

友人には何度も「つまらないのにクリアするってのは偉いねえ」と言われたりしたのだが、普通につまらないといえる程度なら、途中でやめていただろう。なんというか、あまりにひどいので最後までやってみたくなる、そういう感じだった。


私はこのゲームにおいて、何度か本当に絶句した。
もしも今まで絶句と言う体験をした事が無い、かつ、してみたいという奇特な御仁がおられるのであれば、このゲームは超オススメである。絶句するとは何か?という問題に対して答えを得るための教材としては、これを越えるものを見つけるほうが難しい。


現状の私においては、こういう結果が訪れる事について完全な予測と、それに対する強い自信があったので、絶句するような状況においても、絶望とか怒りとか、嘆きや悲しみ、その他諸々の暗黒面へ堕ちる感情は無いのだが、普通はこうした感情に支配される危険性が高いので、ジェダイを目指す方々に対しては、このゲームを進める事は出来ない。絶望的な未来を見据えた上で戦う事が出来るジェダイマスター、もしくは自分がフォースにバランスをもたらす者であるという自信がある場合にのみ、このゲームを推奨しようと思う。


ゲームの攻略サイトを見ずしてゲームをする事は、あまりお勧め出来ない。

私は最初そういうサイトを見ないままゲームを進めたのだが、武器合成というシステムにおいて何が行われているか理解できずにゲームを進めたため、ずいぶんと時間を無駄に過ごす結果となった。
このシステムの詳細についてはゲームとして非公開である。しかし、個人のトライアンドエラーによってこのシステムを理解しようとする事は相当困難であるため、攻略サイトを見なければならないと言える。
もし解析するとするならば、ざっと200時間は必要である。この数字にゲーム進行の時間は含まれない。実のところ、この数字はいい加減なものではあるが、絶望してコントローラーを投げつけた挙句にテレビを買いなおす時間を含めるとするならば、最低ラインの数字である事は保証する。
そもそも、攻略サイトにおいてこのシステムが完全に解析されているのは、私が見たところ2つしかない。解析していないサイトを10以上見ているという現実を考えれば、いかにして解析できないシステムであるかを理解してもらえるだろう。
というか、この問題は「太郎君が買い物に行きました。さて何でしょう?」よりも難解である。

そして、答えを知った瞬間に最強武器をいとも簡単に手に入れられる事が出来る様になるのも、このシステムの特徴である。ただし、トライアンドエラーによって答えを導いた場合、武器合成の材料が枯渇する事になるので、超難関の道になる事は明らかなので注意されたし。


あー。書いているうちに嫌になってきた。

ジェスター!もう、何から何までダメなんだ。

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ゲーム 弥十郎 2006-08-04T16:53:46+09:00
野村証券の台数予測 http://www.muratch.com/flatline/archives/2006/08/post_116.html 「Wiiは4000万台、PS3は7100万台」―野村證券・桜井氏

ちょっとなあ。どうなんだろうなあ。

どうしてこういう数字が出てくるのかわからないのだけれども。
現状において、そんなに簡単に1000万台を越えるなんて言う事ができるのがすごい。

まあ、アナリストの方々は専門家なので、我々を凌駕する良質の情報を持っているんだろうなあ、という予測が1点。もうひとつは、ソニーの株価が下がると困るんだろうなあ、という予測が1点。さてどちらが正しいと言えるのだろうか?両方とも正しいのかもしれない。


世の中的にはWii歓迎のムードなのだけれども、爆発的に売れる「機械」だとは私は思わなくなってきている。

もちろん個人的な興味はメチャクチャ強い。メディアアートの世界に足をつっこんだ人間としては、無視できない機械ではある。今抱えている様々な問題に対する答にもなると思うし、「Wiiがあるんだ。ウチに来ないか」などと言うナンパの道具に使えるかもしれないし(妄想)、何よりバーチャルコンソールは見逃せない機能ではある。
その中でも一番の興味は、人間とコンピュータの境界面の引きなおしというテーマであり、まあなんというか私は買うわけであるが果たしてというところではある。

だってやっぱりDSがつよいもんよ。

もちろんDSとの連動を考える可能性は出てくるわけだけれども、DSステーションとして機能したとしても、DSの普及台数を超える事はないだろう。
そいういった意味では、この予測はDSが4000万台以上出る、という予測と読む事もできるわけで。


一方のPS3だけれども、ソニー純正PS3が7100万台などと、何を言っているのかわからないというのが正直な感想である。ただし、問題はソニー純正以外のPS3が出回った場合である。そのあたりは過去のエントリーPS3がいけるかもしれないで書いたのだが、つまりヘンテココンフィギレーションにおけるPS3も含めて7100万台ならありえるかもしれない、という事だ。


つまり、どういう事かというと、もしも上質の情報を持っていると考えた場合次のような可能性が考えられるわけだ。


1 ニンテンドーDSは4000万台以上普及する可能性がある。
2 PS3のコンフィギレーション展開にはかなりの幅が考えられる。


まあ、そうだと面白いんだけどねえ。
おそらくは野村證券がソニー株を山ほど持ってるっていうのが実情だと思うよ。

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ゲーム 弥十郎 2006-08-01T18:43:27+09:00
追い詰められた人々 http://www.muratch.com/flatline/archives/2006/08/post_115.html TBSがおわび、"安倍長官と旧731部隊一緒に放映"…総務省が調査開始

ずいぶんと遅い反応なのだけれども。


確信犯という言葉をこれほど正しく使える瞬間に出会ったのははじめて。
そういう意味ではなんだか嬉しい。


総じて言えば腹立たしい。
売国っていう表現を使うと、我ながら右翼っぽい感じがして嫌なのだが、ほかに表現し様がないから仕方がない。
結局、日本から資金を持ち出すか、持ち出す手はずを整える仕事を指しているわけだから、他に言葉が見つからないのだ。

結局、追い詰められているわけだよ、彼らは。

ゲームにしてもそうなんだけれども、ネットが普及して、真実が見えるようになってきた。
あやふやなプロモーションが通用しなくなり、加えて「それがおかしい」という意見が個人の世界から外へと広がるようになった。
そうなると、彼らの仕事がしにくくなるわけで。


若者の右傾化 「国の自信が自分の自信につながる」「不況が排外主義を生む」


例えば、私のようにネットで論説を展開する人々に対し、右翼の烙印を押したところで、それがなんだというのだろうか?街宣車を引き出しにしてしか、右翼を語ることが出来ないその論理展開には悲しみすら覚える。精一杯の心象操作なのだろうが、私が目指すものは民族主義などという馬鹿げた世界ではない。もしも民族主義を否定するのなら、朝鮮民族を批判する方がよっぽど正しいだろう。


私が国益を目指すのは、排他主義者だからではない。
経済単位としての国を守らなければ自分たちの生活も守れないからだ。
中国と韓国と北朝鮮を批判するのは、それが日本の国益に適わないからだ。
日本は外貨を稼ぎ、石油を買わなければ生きていけない国なんだ。
それは社会不安とは関係が無いだろう?

ああそうさ。
裏切り者などという気楽な商売よりはよっぽど不安定な生き方かもしれない。
なるほどね。
自分たちが不安定になったからレッテル張りなんていう排他的な行動に出るわけなんだ。


それからな、最後の一文な。

ネット上を無数に飛び交う愛国的、排外的な言葉が、今日も増殖を続けている。個人の発信に、万単位の人が触れていく。


おまえら、個人の発言を封殺するつもりなんか?

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特ア 弥十郎 2006-08-01T18:18:44+09:00
プロモーションを考えてみた http://www.muratch.com/flatline/archives/2006/07/post_114.html 生活浸透型ゲーム(3)これからどんなゲームを作るべきか
実は俺、プロモーションって言葉が大嫌いなんだよ
このへんからの話題

■ 任天堂がプロモーションに成功した事実

事実として任天堂はDSのプロモーションに成功した。
これは、DSがどのような商品であるかを、的確に伝えられたという点が大きい。
実のところ、CMの投入量とか、松嶋奈々子とか、そんな事はどうでもよい。重要なのは「DSとは何か」を、しっかりくっきりはっきりとユーザーに伝えられた事なのだ(とは言いながら、松嶋奈々子ではなく上島竜平だったらと考えると微妙だが、まあそれはまた別の話だ)。
この段階において、失策していれば、現在のDSブームはなかっただろう。

しかし、一番重要なことはDSがプロモーションが打ちやすい商品だった事、つまりDSという商品そのものが、しっかりとしたイノベーションを持っていたことだ。もっと言えば、開発者がDSというハードに真の意味において事業として成り立つだけの強さを持たせたからこそ、こうした成功するプロモーションを打つ事が出来たわけだ。

■ DSにおいてのプロモーション

さて、ここでNewスーパーマリオとマリオカートに話が進む。
そもそもの問題として、このふたつのソフトウェアは全く違う性質のものであって、同じ舞台で話す事そもののがまずはナンセンスだ。

CMの投下量という前に、任天堂は自分の分身としてマリオを様々なメディアに投入している。パルコとか。もちろんマリオカートもマリオがいるが、マリオといえばスーパーマリオだ。まあ本家だし。そのへんは実のところ比べてもしかたがないのだ。

実際問題としてプロモーションが十分な量投下されているのであれば、それ以上の事はソフトウェアの質に関わる問題だろうと思う。もしこの段階でプロモーションの質における売上の違いを説明するのであれば、そのプロモーションはソフトウェアの内容をユーザーに的確に伝えられたかを吟味する必要があるのだが、その量を問う必要はない。

現状においてNewスーパーマリオとマリオカートの売上の違いは、それぞれがどういう顧客にマッチしているか、そしてそれら顧客がDSユーザーとしてどのように分布しているのかという事に帰着する。
現在までのハードにおいて、マリオカートの売上が上回っていたのは、「ゲーム好き」のユーザーが多かったからに相違ない。そしてマリオカートがスーパーマリオよりも売れなかった事実に対して、プロモーションの強さや方向性を述べてもしかたがないのだ。考えるべきは「どのようなユーザーが分布しているか」である。

つまり氏の言葉を借りれば、「誰でもできる」とNewスーパーマリオは言う事が出来るソフトだったのだが、マリオカートは言えないソフトだった、という事だ。その売上数は、ほとんどそのまま購買ユーザーの分布だと分析する方が適切である。それはすでにCM戦略とかいう次元の話ではなく、制作段階からどのようにマーケットを見据えているのか、という話になってくる。
結局のところ、プロモーションそのものの質や量を問う前に問うべき事が多くある、というのが私の結論である。
もちろん、マリオカードが「誰でもできる」ソフトであったなら、それはプロモーションの失策であろうが。

まあ、違うだろう。

■ あやふやなゲームが売れた時代・売れなくなった現在

現状において、あやふやなゲームが売れるという事が少なくなった。これはゲームが文化として浸透し、ゲームが未知の物でなくなった事が一番だろうと思われる。

一昔前は、RPGといえばドラゴンクエストという、あやふやなカテゴリ認識のユーザーに対して、超大作RPGだのすごいグラフィックというプロモーションを行えば売れた。新感覚、マルチメディア、豪華声優など、ゲームの根幹以外にもゲームを売るための言葉がたくさんあった。そしてその頃のユーザーは「ゲームとは何か」もっと言えば「ゲームが自分にもたらしてくれるものとは何か」をサッパリ理解できていなかったた。そのため、あやふやなゲームのあやふやなプロモーションを受け取っても、それが自分が面白いと感じたゲームとの区別ができず、そうした商品を買う事になっていった。

過去には、こうして面白くないソフトウェアでもプロモーションによって売れてしまうという現実があった。
だからといってパラッパが売れた理由がプロモーションだった、というわけではない。このへんの真逆の関係を間違われると大変困るのであるが、おそらくそういう真逆の関係をちっとも理解できなかった人々が、プロモーションさえあれば、みたいな考え方に落ち着いていったのだろう。

しかし現在は違う。それはゲームがすでに未知のものではなくなり、ユーザーはゲームから何を受け取れるかを知っている。そして「あやふやプロモーション」を受け取っても、ユーザーがその中身をしっかりと判断できるようになっている。
いや違うかな。

「あやふやプロモーション」を受けると、過去の失敗を思い出し、警戒して買わなくなるのかもしれない。もしくは何も感じず、購買意欲もそそられない。つまり誰も「全米が涙した」なんて事を信じなくなったって事だ。健全健全。

結局SCEが玉石混合のソフトウェア群に対して、売れればいいやという感覚で同じ方法でプロモートを行った事がなんというか悪い気がする。
商売人が、粗悪な商品をいい商品ですよ、なんて売りつづけたら、そりゃあ誰も信じなくなる。そういう事だ。

■ 泥臭い販売戦略

なんというか、プロモーションとかもういいや。販売戦略ですよ、販売戦略。

さて。

現在までの広告技術というものはプッシュ型メディアに乗っ取ったやり口である。しかしながら、インターネットによるプル型の情報収集が主流となる未来が見えてきた現在、それに拘りつづけるのは大失敗の巻である。
もちろん現状においては実験段階にあるだろう。アマゾンのレビュー、GK、メテオス騒動、ハルヒ躍進など、様々な実験と結果が今まさに現象として確認されつつある状況において、どういうモノづくりをしてゆかなければならないか、という事に一番興味を持つのである。

2.0における販売戦略の中では、有機的な情報のつながりを無視して生きてゆく事は難しいと予測している。現状においてライトユーザーは、いまだマス広告の下にいるため、任天堂は「超泥臭い販売戦略」によって顧客を生み出して来たわけであるが、この先ずっとこれだけでモノを売り続けることは難しいだろう。

しかし、現在の任天堂が持ち出す販売戦略は、めちゃくちゃ面白い。なんというか、最先端過ぎるわけでもないが、確実に時代を先取りした方法論を叩きつけてきているように思うのだ。まあ、任天堂の販売戦略が超地味で泥臭い販売戦略を、ダザくて駄目だと思った瞬間に、もうこの視点からはサヨナラなんだけど。まあそういう人はあれだよね。

まあでも、SCEのスマート広告から、任天堂の泥臭い広告へのシフトと同じような事が起きつつあるのは事実だろう。
やっぱりジャパネットは売れるのだ。そういう事だ。

というか、そういう商品じゃなきゃ買えないよ、ゲームなんて。フィーリングに7000円も出せるもんかとか言いながらも、調べるのめんどくさいしさ。もうあやふや広告なんかに騙されてたまるかよとも思うしさ。

いやあ、信頼を失った市場って、難しいねえ。

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ゲーム 弥十郎 2006-07-21T02:28:55+09:00
さすがに、これはひどい http://www.muratch.com/flatline/archives/2006/07/post_113.html 今日はひさびさにゲームの記事を書こうと思ったのだが、これだよ。

盧大統領「日本とは対決しなければならない」



 盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領が今月11日に行われた与党ヨルリン・ウリ党の指導部および国会の統一外交通商委員会に所属する議員らとの晩さん懇談会で行った発言が波紋を呼んでいる。

 一部新聞は懇談会出席者の証言を引用し、盧大統領は「ブッシュ米大統領が北朝鮮問題を善と悪の対立概念で見ているため、説得が難しくなっている。米国は友邦なので厳しく責めることは出来ないが、日本とは対決しなければならない」と語ったと伝えた。

辛貞録(シン・ジョンロク)記者

朝鮮日報


これはひどい。

さんざっぱら国旗を焼いといて、アメリカは朋友。
ガンガン技術協力させておいて、日本は敵。

マジで信用ならんぞ。

ってか、この情報にすら信用度ゼロなので、日本はマジで言質取った方がいいよ、マジで。

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ニュース 弥十郎 2006-07-17T14:25:49+09:00
ローグギャラクシー http://www.muratch.com/flatline/archives/2006/07/post_112.html ただいまプレイ時間を10時間ほど越え、メニューと仲間が全部そろった感じである。
過去にはダーククロニクルにおいてレベルファイブ純正のゲームには騙されてしまってるわけであるが、あまりの安さに買ってしまったわけだ。

なんというか、ぶっちゃけて言えば面白くないんだこれが。

レベルファイブの社長である日野氏が「これが求めていたもの」みたいな言い方をしているあたり、PS2型とも言えるゲームスタイルの最終形がこのゲームなのだろうと思う。ゲームは、画像を追い求め、ルールからルールを産み、オマケ要素をふんだんに取り込んでゆくと最終的に破綻するという事なのだろう。

そうであれば、どうすれば面白くなるのか、という事を考えてみたいのだが、それはまあクリアしてから、という事になるだろう。

だろうだろうばっかりだけれども、まあしかたがない。

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ゲーム 弥十郎 2006-07-12T16:06:04+09:00
オタク国防 http://www.muratch.com/flatline/archives/2006/07/post_111.html オタクが考える国防ではなく、オタクを使った国防である。

近日、北朝鮮によるミサイル攻撃テストによって、日本にミサイルの落ちる可能性が高くなったという感じではあるが、それでは実際どこにミサイルが落ちるかという事を考えるわけだ。

例えば東京の場合は、練馬区にはミサイルが落ちない。理由はプリンセステンコーの自宅がそこにあるからに他ならない。
太平洋戦争においては、京都に爆弾が落ちることはなかった。それは京都に爆弾を落とす事は人類の資産を焼くことであり、今後野蛮人として罵られる可能性があるために、アメリカは京都を焼くことが出来なかったのだ。一方、中国は京都を焼く気がまんまんらしい。

さて以上の事を踏まえて。
今回の攻撃が、名古屋から少しそれて清洲の町に落ちたとしよう。そして鳥山明氏が死亡する、というシナリオだ。
これは世界的なニュースとなるだろう。そして、北朝鮮は偉大なるクリエイターを殺した国として烙印を押される事になる。ドラゴンボールを見て育った世代にとって、北朝鮮は子供の頃見たアニメの作者を殺した国として認識される事になるのだ。

こうした大御所クリエイターには、その他にも永井豪氏や松本零士氏といった方々がいる。そして彼らを攻撃する事は、世界のアニメファンを敵に回すのに等しい。

そして、こうした大御所以上に強力なクリエイター達がいるのだ。

まずはCLANP。ミサイルで彼女らのうち誰がひとりが死んでしまうと、これはもう世界のオタク達が黙っていないだろう。さくらの仇を取るために、義勇軍が立ち上がる勢いがあるのではないかと妄想。

そして、ナルト、ワンピース、鋼の錬金術師といった、大人気ながらも完結していない作品の作者たち。「なぜこのアニメは途中までしか物語が無いのか」という問いに対して「それは北朝鮮がミサイルを打ち込んだからだ」という回答が返って来ることになる。FAQレベルで「北朝鮮がミサイルで」と書かれるだろう。

あとは、京都。この攻撃で、宮本茂氏が死んだなら、これはもうとんでもない事だ。それは想像を絶するレベルにおいて北朝鮮は非難されるだろう。

中国や朝鮮は、必死になってプロパガンダをしなければ日本を貶める事ができないわけだが、もし先制攻撃のミサイルでこうしたクリエイター達が志望した場合、それはもう100年でも200年でも語られることになるだろう。それにはなんの苦労も必要ない。ただオタクたちが延々と語りつづけるのだ。そして北朝鮮とは野蛮で信頼できない国であると、ずっとずっと伝えつづけるのだ。


こうした未来がある以上、日本にミサイルを打ち込むのは、マジでやめたほうがいい。

そしてクリエイター達は、延々と良い作品を作りつづけ、オタクはそれに対してガンガン資金をつぎ込んでゆけばいい。そしてそれが世界に広がる事によって、日本という国は見えないバリアによって守られる事となるのだ。

これがオタク国防の全容である。

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雑記 弥十郎 2006-07-08T20:45:50+09:00
F-22投入 http://www.muratch.com/flatline/archives/2006/07/f22.html 米下院議員で、日本へのF-22の販売許可が出たらしい。
House Votes to Let Allies Buy Top U.S. Fighter(英語)
とりあえずウィキペディア先生のF-22の項目からどうぞ。


このF-22という戦闘機が持っている戦闘能力は凄まじいものがあるわわけで、それまで史上最強と言われたF-15ですら手が出ないほど強いわけだ。それでもってこのF-15ってのは先日韓国が買ったばかりであり、東アジアに配備される戦闘機の中では最強のものとなるわけだ。
それがF-4の変りに投入される事になるわけだが、このF-4ファントムというのはベトナム戦争で使われた機体であり、まあ古いといえば古い。同じ時代のA-10なんかがイラクで大活躍しているのだけれども、まあFが古いってのは何ともならんと言えば、なんともならんわけで。

とりあえず、F-22ラプターが飛んでるところを見るチャンスがやってくるというのは私にとっては嬉しくてたまらないと同時に、日本近海の制空権をバッチリ握る事が出来る未来が凄まじく安心するわけである。


で、こうした浮かれポンチな話を、ある若者としたわけであるが、これを真向否定されてしまったわけだ。
「その戦闘機、いくらなんすか?」とか聞かれたわけだが「まあ100億円では買えないよ」とかいう話になるわけで、そうなると「そんな高い兵器、自分はいらないと思うッス。平和主義者ですから」と反論を頂いてしまったわけだ。

阿呆か、とは面と向って言わなかったのだが、まあそこからはオッサンの説教モードである。


日本は貿易が止まった段階で、死ぬ。


石油もなく平地もなく、ただ水が豊富にあるだけの島国で、貿易を取り上げられたらお家芸である工業すらもまともに機能させることが出来ない。つまり我々は石油と食料を買い、それを教育によって培われた技術で消費して加工し、より高い値段で売る事によって今の生活を成立させているわけで、法益と言う手段を失ってしまうとまるっきり死んでしまうのだ。

少なくとも日本と言う土地で生活している以上、貿易ルートを確保するためのコストを惜しむ事は、純粋に滅びの道へと進んでいる事に等しい。そして日本近海の制空権と制海権を確保する事こそが、最低限求められる自衛手段と言えるのだ。

そのために、我々は台湾海峡及び東南アジアの島々へ向うルートをを死守しなくてはいけない。
これは軍事国家のためではなく、日々の生活を守るためである。


ぶっちゃけて言えば、中華人民共和国が台湾を制圧し、日本から東南アジアへ回るルートを封鎖してしまったら、それで終わりなのだ。言い訳なんかはなんとでもなるわけで「最近海賊が増えてきたので中華人民共和国が制圧しておく。ついては安全宣言が出るまでいかなる船の通過もご遠慮願いたい」で終了。その後「通過したいなら金払え」で献朝国家日本の完成である。
やれ尖閣諸島を予告無しで巡回してみたり、日本の領海に通告なく潜水艇を進入させてきたり、ODAを支払ったところで「もっと誠意を見せろよ」とか言ってみたりする中華人民共和国様がそんな事するわけ無いよ!という主張が出来るものならしてほしい。せめて対等に付き合おうという気配すら見せない中華思想の人々と戦わなければ、我等の生活は成り立たないのだ。
収入をグングン吸い取られる様な生活でも平和ならいいや、という奴隷根性丸出しの阿呆どもには今から包丁を突きつけにいってやるから1億円よこせ。平和になるんなら金払うんだろう?せめて不条理な混沌に対しては戦うくらいの気概を見せろ。そして一番いいのは、家にカギをかけてそうした気持ちを起こさせない事であって、つまりはそのためにF-22という強力な戦闘機を投入するわけなんだよ。


というか、どうして世の中には、ここまで平和ボケした人間が多いのか疑問に思うわけですよ。
なんでなんだろうなあ。
ゲームにしてみたら、シミュレーションゲームとかちょっとやるだけでわかるんだけどなあ。


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ニュース 弥十郎 2006-07-03T14:48:02+09:00
あいに~ http://www.muratch.com/flatline/archives/2006/06/post_110.html マジでいい。
今は著作権とかうんぬんとか難しい事はナシだ!
CDとか買う買う買え買え!

王心凌-愛你(イ尓)
愛你(イ尓)教學

台湾の歌手ですなあ。
シンディー・ワン 王心凌

なんというか、振り付けも神がかっててすげえ。
ヒゲダンスっぽいんだが、おそらくバレエがベースなんだろうと思う。中途半端な模倣加減がいかにも女子校生っぽい。おそらくこのステップは難しいと思うんだが、そう見えないところが凄い。そのあたり、最後のいかにもダンスっぽい動きのところが逆につまらねえというか、結論としてはなんだこのステップは!という感じでである。

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雑記 弥十郎 2006-06-15T16:22:24+09:00
PS3がいけるかもしれない http://www.muratch.com/flatline/archives/2006/06/post_109.html コンフィギュレーションが可能なPLAYSTATION 3
~SCEI 久夛良木健氏インタビュー(1)

ビジネスモデルを変革するためのPS3の価格戦略
~SCEI 久夛良木健氏インタビュー(2)


これは面白い。

この久夛良木という人は、どうもプレゼンテーションには向かないらしい。
もしかしたら、インタビュアーが悪いのかもしれない。

ただ、この記事を読んで思う事は、PS3はいけるかもしれない、という事だ。


任天堂とソニーの両者とも、すでにゲームビジネスの破綻を予見している。これを予見できていなかったのは、新参であるMSのみであり、最終的にはMSのみがロートルとしてゲーム業界に残されてしまう結果になるだろう。

任天堂はDSとWiiという新機軸によって、玩具としてのゲームに特化して成長してくる。プレゼンテーションの手法も素晴らしく、ユーザーに「自分たちの考えるゲームとは何か」をスマートに説明する事によって、市場を席捲しつつある。


そしてソニーは、ゲーム機づくりをやめて家電作りに立ち戻るのだ。つまりPSXの真意とはDVD録画が出来るPS2ではなく、PS2が動くDVD録画装置だったわけだ。PS3とは、PCっぽく動くゲーム機ではなく、ゲームが動くPCになる。そうした真意がサッパリ伝わってこなかったわけだが、この記事を読んでそれがはっきりとわかる。ソニーはゲーム機を市場に提供したいのではなく、PCを提供したいのだ。


まずその象徴として挙げられるのが、コンフィギュレーションだ。
今までは何を言っているのかサッパリわからなかった。正直、阿呆かと思っていたわけだが、阿呆だと思っていた私が阿呆だった。
この言葉は、究極的にはソニー純正のPS3でなくともPS3は動くという事を意味している。記事内で何度も持ち出されているApple社と同じ事がしたいわけだ。たくさんゲームをしたい人は、HDDを増強すればいいし、それほどゲームをしない人は、それなりのマシンを手に入れればいい。PS3とは、そういうマシンになるわけだ。

そして、Wiiや360に出来ない芸当が、テレビ録画ソフトを叩き込んだコンフィギュレーション、OpenOfficeが動いてしまうコンフィギレーション等である。おそらくはメールとブラウジング普通に動くはずであるから「テレビに繋ぐ事が出来て、メールとインターネットが見れて、DVD録画も出来ちゃう機械」が7万円なら、圧倒的に安い。PS2のゲームが出来なくても安いのだ。ブラウジングに関して解像度の問題が出てくるかもしれないが、ケータイを中心にネットを見ている人々にとってみれば、テレビ画面でも十分な大きさである。それはそれほど問題にしなくてもいい。
さらにOpenOfficeが動いてしまうのなら、ちょっとした仕事で使ったりする事も可能である。そのあたりデータがWindowsとしっかり互換が取れるのであれば、なんとでもなるだろう。


市場に対する問題は、これらの発想がマルチメディアである事だ。「何でも出来るよ」という売りは、一方で「何が出来るかわからない」であり、売るのが大変難しい。この焦点のボケ具合をどれくらいはっきりと示せるかがポイントとなってくるだろう。私などは本気で「PS2が動くスゴ録」を売ってしまえばいいんだよ、とか思ってしまう。そうすれば、若者だけでなく、局所的にはじいちゃんばあちゃんも買う。DVD録画デッキを買うときに、PS2が動くとお孫さんも喜びますよ、とかいう殺し文句が使えたりするわけだし(残酷な現実としてはお孫さんは遊ばないかもしれないのだが)。
しかし、どうしてもPSブランドにこだわりたいんだろうと思う。

私が考える売り方はやはり「TVに繋げるインターネット装置。DVD録画も出来ちゃうし、PS2も動いちゃう」であろう。この3点にビッチリ絞り込んでゆけば、任天堂と同じように新しいユーザーを開拓する事が可能なのだ。

そしてこの方策の一番凄いところは、BDという言葉も、PS3という言葉も使わないで、ソニーの思想を展開できるところだ。ぶっちゃけて言えば、この方策においては、新しいゲームなんてどうでもいい。BDもPS3もソニーの便利装置の機能のひとつでしかなく、真意ではないのだ。

うん。そうだよ。BDとかPS3とかどうでもいいんだ。問題となるのは、任天堂が持っているそれと同じように思想なんだ。ユーザーに何を提供してゆくかと言う考えなんだ。


ただ、ゲームとしてみた場合、やはりコストの高騰は避けられないだろう。インタビューではミドルウェアを全面的にとは言わないまでも否定気味の話をしている。私が考える限りにおいては、ゲームコストを削るには、ミドルウェアに相当するものを使いこなさなければ、十分な利益を確保できないと思うわけだ。まあソフトウェアメーカーはPS2のゲームを作りつづけるという逃げ道もあるわけだから、どうでもいいと言えばどうでもいい問題ではあるのだけれども。


そんな感じで、PS3は以外にアツい、という感じである。

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ゲーム 弥十郎 2006-06-13T16:57:13+09:00
ワッチミーについて思う http://www.muratch.com/flatline/archives/2006/06/post_108.html 「ワッチミー!TV」はフジテレビ版「YouTube」か

別にYouTubeは全く関係のない企画である。

要するに、ビデオ投稿型の番組制作をしたいのでしょう?というのが私の感想だ。社内ベンチャーだとかなんだか言ってみたところで、やってることはテレビ局の仕事そのままであって、純粋にシステムとしてインターネットを使うと言うだけの話である。

NHKの着信御礼!ケータイ大喜利と何が違うのか?と言われればそれまでである。本質としてはこれと何も代わりが無い。

NHKをベタ誉めする必要は無いものの、法律相談所やらジャッジやらで本家がどうのこうの騒いでいた時も、そんなものNHKが10年も20年も前から生活笑百科をやっていたわけで、このあたり民放の出足というのはあまりにも遅い。そうした意味においての、現在の注目ポイントは、ご近所の底力であり、これが何年後に民放に出てくるのだろうというのが、私のちょっとした楽しみであったりする。一方においては世界遺産なんてもので揉めてたりするわけで、どっちもどっちと言えば、どっちもどっちなわけだけれども。


さて、ワッチミーに話を戻そう。

私がここで不可解であったのは、このビジネスモデルがインターネットの文化にテレビ局が乗るという形ではなく、テレビ局の文化にインターネットを使うという形だった事だ。
彼らが持ち出したメソッドは大本が選択をし、聴衆が選択をしない従来のマスメディアそのままであり、聴衆側が情報を作り選択してゆくネット型とはまったく違う形態のサービスである。
一万歩譲って、著作権保護のために検閲を設けるのは仕方のない事だと思うが、お題などというものを出す時点で何もわかっていないのだろうという感じがする。もちろんテーマも無い状態で動画を集めようと思ったところで集まらないわけで、お題を作る事によって動画を集める速度を上昇させようと言う気持ちはわかる。

しかし、YouTubeとは、例えば私がどこそこで撮ってきたビデオを誰かに見せるために使うのであって、YouTubeがこういう動画を集めているからという理由で使う事は無い。さらにはテーマに沿った作品しか存在しないのであれば「○○を見に行こう」と決めているユーザー以外を集める事は難しい。
なんというか、路線修正に路線修正を重ねて出来上がった歪んだ城を見るようで、涙さえ出てくる。


マスメディアがエンターテインメントを主導するというところからパラダイムシフトが出来ない人々は、滅んでゆくんだろう。

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ネット考察 弥十郎 2006-06-12T16:55:44+09:00